沖縄空感 17年の物語

沖縄空感の17年間の軌跡は「ものがたり経営が想いを伝える」。

経営経験ゼロの学生起業家が3年後には県内トップシェアを誇る店舗会員数へ。

しかし、ストレス、失敗、仲間との別れを経験後、楽しい経営者人生をテーマにストレスフリーな経営スタイル!を追求する旅へ!

そして、経営者の想いを伝えるビジネスモデル「ものがたり経営」にたどり着く。


その1:17年前、当時流行に乗りはじめたバイト感覚のビジネス。 銀行就職より起業家を選択。

その2:失敗、失敗、失敗の後に、小さな成功を繰り返した起業時期。

その3:デジタル時代にアナログ(情報誌)を活用したビジネスモデル構築し、他社との差別化に成功し売上倍増。

その4:大手企業との連携や売上・事業が軌道に乗るのと同時に体験した調子に乗った経営者としての失敗。

その5:大切な仲間との別れと後悔。

現 在:たどり着いた沖縄空感ビジネスの軸となる「ものがたり経営」。
 


 
沖縄空感のスタート動機は、学生時代に飲み会代欲しさにはじめたバイト感覚の居酒屋さん向けホームページ作成。 

ITブームと頂いた料金は、全て居酒屋(お客様)で使います!という無謀な営業戦略により、週2〜3件ペースでご契約を頂くも全て飲み代に終わってしまう日々(笑

一ヶ月が過ぎた頃、お客様から美容室を紹介してもらうが“当時は美容室は女性客”or“おしゃれ男子”という時代。 いつもと異なる空間に緊張しながら話を聞くと

「お客さんにならなくても良いからホームページを作って欲しいとの事」。 

えっ良いの?と思いつつ契約を受けホームページを作成。 
ここで転機が、もしかして!これってビジネスになる!?と感じ、手作りのチラシを作成し近隣の店舗さんへ配りまくる。 

店舗オーナーさん、先輩経営者としてビジネスの大変さを肌身に感じている。 
そこへ学生が頑張って慣れない営業をしているものだから、話を優しく聞いてくださる。 

そして、ホームページという時代に合った商品という事で、ご契約を頂く。 
 
これから継続的に運営として考えるならば「お客様の目線で喜んで頂きながら、客単価を幾らにするか? 料金を上げなければ運営」ができない。 

そこで、クーポン付きホームページ作成業務を行っている同業他社の価格帯、サービス内容を徹底的にリサーチ。

当時、沖縄空感と似たようなサービス内容で他社の料金は月額1万円程度、それならば、月額3千円ならばお客様に価格メリットを伝えやすい上、年間契約だと3万円にし、さらなるメリットをアピール! しかも3万円が最初に頂ける。 

それならば、資金面の問題も解決できる。 
その後は、「わかりやすく伝わる事」を心掛け、学生期間、残り2ヶ月間で20件の契約を頂き卒業後はアパートを借り、個人事業主として運営。 

当時、一緒に手伝ってくれたのは、後輩の学生。 
卒業は一人だったので、手伝ってくれていた皆さんには、勉強という名のお手伝いを。 

元々儲ける仕組みではなかったので、美味しいものを食べにいく!が合言葉でした(笑 

それから1年が経ち、100店舗ほどのご契約店舗の中規模のポータルサイトが運営できるほどにまで成長。

そこで、大きな勘違いを。 
テレビや雑誌では、livedoorの堀江さん、サイバーエージェントの藤田さんなど同世代の経営者が注目されドンドン成長している時代。 

自分達もいけるかもしれない!と決まっていたO銀行の内定を断り、そのまま学生起業する道を選ぶが最初の壁にぶつかる。 

これまでは、バイト代程度での収入=飲み代程度で大丈夫と料金設定をしていたが、会社設立となると意味合いがまったく違う。 

当時の制作費は1万円の一回きりのフロー収益。 

会社として経営していくためには、少なくとも毎年決まったストック収益がなければ運営できない。

無謀にも、学生起業という選択肢を選び、ビジネス経験を積むという面でかなりの遠回りになったが、失敗と成功体験を繰り返すなか、お客様がどのようなサービスが欲しいのか? 予算的はどれくらいあるのか? どのような悩みがあるのかを知る事ができるようになる。

しかし、またしても無謀な行動にでる。 
当時、カフェブームを筆頭に、地元紙のニーズ市場が生まれてきたのをチャンスと思い、半年掛け無計画に7,000部の情報誌を作り販売を試みるが、どうすれば、書店やコンビニなどで販売してくれるかわからない。 

そこで、これまでの経験(笑 地元書店へ飛び込み販売のお願い。 
そしてコンビニは、学生時代の同級生が働いていたので、無理に話を聞いて頂く。 ※かなり無理なお願いに聞いて頂き本当に感謝。 

そこで、書籍流通業社をご紹介してもらうが、業社の方から出てきた最初の一言は「出来上がった本を持ってきたの? 普通はつかみ本(コンセプト)を出して販売のOKがでてからはじめて制作に入るのが通常」。 

顔から血の気がサーと、もうすでに100万円の投資と半年の時間を費やしている。 

どうしようと本気でうろたえていると担当の方が丁寧に説明をしてくれ、流通に乗せてくれるとの事。 
ホッとしたのも束の間、すべての流通を一元化する事が条件のため、これまで飛び込み販売をお願いしていた書店へ謝罪周り。 
無知識だった業界への参入。 

教えてくださる先輩方の存在の大きさを知る。

ホームページがまだ普及前だった時に、目に見え、すでに認知度のある紙媒体である情報誌。

デジタルとアナログをセットにしたビジネスモデルを喜んで頂き、次々と契約店舗が増えてきた時に落とし穴が…。 

調子に乗り発行した第二弾 情報誌は20,000部、ミスプリントだらけで、借金何百万円を抱える。 

情けない事に周りの皆さんにお金を借り、再度印刷。 
そして、契約店舗さまへ謝罪周り。

毎日が眠れない、胃が痛む、どうすれば良いか分からない。 
そんな中、助けて頂いたのは、契約先の店舗オーナー様。 

厳しい声の中にも励ましの声。 

それどころか「ごはん食べていきなさい」「また次の本ができたら営業においでね」。 

これまでのような気持ちでビジネスをするのは絶対にいけない。 
商品に対する根本的な考えを変えると誓い、その後、ミスをしない仕組み作り、どこまでお客様に還元できるサービスができるかなど、入念なマーケティングと情報収集、市場分析によりどうにか再起の光が見えてきた時、学生時代にお世話になった先輩から連絡が。 
※私達が余剰となった情報誌を無駄にしたくなく、県内大学校の入学式に無料配布していた時に情報誌発行を知ったとの事。

そして久しぶりに一緒に飲みに、これまでの失敗を丁寧に聞いてくださる先輩。 

そして励ましの言葉。 
改めて一人ではなく周りの人々に支えれらている現状に気づかされる。
その出逢いが大きな展開へとつながる。 県内大手企業とのコラボによる事業展開の拡大。

これまでの、サービスの認知度があがるのと同時に知名度がある大手企業とのコラボは、自然と営業力が高くなり、ご契約店舗数が200店舗近くまで増え、
それから、2大商品「ホームページ」と「紙媒体」のコラボで順調に売り上げが伸びていく。

それから売上高が3年ほど経った頃、またしても失敗。

気づかないうちに、売上の成長こそ当然だと考え、厳しくあたる日々。 
創業時からの大切な仲間に迷惑を掛け3人の内1人が退社。 
経営者としての力量の無さに打ちひしがれる。

これまで、何度も失敗を繰り返し、その度に周りの方々に支えられた沖縄空感。
その仲間がいなくなる現実。 

再度、働き方、社内環境、経営者としての行動、すべてに方向転換しなければと、新しく人を募集し、これまで、一人が全てやる業務からできる限り分業制へ転換。 

役割分担にともない、これまでの情報誌を新しい媒体!フリーマガジンに挑戦。 

会社の未来をかけたこの一手が思わぬ展開に。 
発行の最終段階に大手企業との提携解消。

しかし、立ち止まる余裕はなく、掲載全ての契約店舗へ。 
フリーマガジン趣旨変えのメリット、デメリットを伝え無事発行。

協力のもと、初回は、1万5千部。 
これまでより制作・運営費用がアップした上に、提携先が無くなった事による収益減。 

死に物狂いで、国内最大 大手航空会社。 
自動車会社。 携帯会社。 化粧品会社など電話アポからの飛び込み営業で新規契約を開拓。 

その後、県内最大級のポータルサイト(約300店舗 クーポン付きで案内)、フリーマガジンは部数 6万部にまで成長。 

売上は右肩上がりに成長するが、寝る時間も休みの時間もない日々。 

このままでは、精神的な余裕がなくなる。 
同じ失敗はできない。 

現状を打破すべく、フリーマガジンを停止し、年2回発行の情報誌へ移行。

これまでの、経験を活かし、販売流通先を確保をし、制作期間を短縮できる仕組み化、そして契約が順調にいける差別化を徹底し、これまでのビジネスモデルをブラッシュアップし再構築。 

これまでの常識であった紙媒体の広告代をゼロ円に。 
その秘密は、当時ホームページ業者はホームページのみで広告代金を、紙媒体業者は紙媒体にて広告代金を一部業者は簡単なホームページをサービスしているのが市場動向。 

そこで、ホーページの価格を同業他社と同じ金額の月1万円を頂く代わりに、情報誌A4頁フルカラーをサービス(紙媒体の同業他社は、約10万円程度)するという店舗オーナー様にとりホーページだけでなく、1頁の無料掲載。 
しかも同等の値段で。 

この広告の違いが見える差別化、その上、オーナー様にも喜んで頂けるサービスの甲斐もあり、全国規模の大手企業、県内大手との広告競争とも異なるステージでの契約を頂けるようになる。

ようやく時間的にも経営的にもゆとりが出来、これまで支えてくれた仲間へ恩返しの旅行ができるように。

日本代表選 サッカー観戦、美味しい物を食べに銀座、祇園、ゆっくり温泉へ湯布院など。 

順調に月日は流れているかに思えていたが、いつ失敗を繰り返さないか? 大丈夫なのか? 将来何処へ向うのかなど何が正解かわからない状況の中、次第に何をいま求めているのか周りが見えなくなってくる。 

そして、別れの時が突然来る。 
これまで常に支えてくれた創業時からの仲間が別の道を歩むために1人が退社。 

色々な想いが巡る中、反対する事ができない、何が正しいのかわからない状態。
それでも、会社は前へ進まなくてはいけない。
  
それから数ヶ月後、一本の電話が面接希望。 
そして入社。 ご縁に感謝。

新しい仲間とインターネット(デジタル)と情報誌(アナログ)のクロスメディア事業を展開し、企業は順調に成長していく。 

そして現在の沖縄空感への起点んとなる恩師との出逢い。 
経営者向けメルマガで有名な県外の経営コンサルタントで、そのメルマガを通して沖縄でセミナーがあると聞き、セミナーに初参加。 

緊張しつつも話を聞き終わる事には、これまでの経験や体験がよみがえり、将来の沖縄空感として経営コンサルタントを目指す!と決意する。

その後、ご縁があり度々県内でセミナーがあり、仲間と一緒に参加。 
毎回新しい発見。 
まっすぐ進む為に必要な経営理念。 
有言実行、1年後の成長を感じる為の経営計画書。 
その他、参加者を高め各自が決意する場面。 
その一方、2次会では、お酒を交わしながら同じ目線で優しく話してくる姿に。 

沖縄空感が沖縄で頑張る経営者の支えになれるようになれればと日々感じ、新しいビジョンを描き、どのように実行していくかの日々を過ごしている時に将来を変える事が。 

3/11 東日本大震災が発生。 

様々なつらい現実を目にし、経験し、このままの企業スタイルで良いのか? 
本当に1年後、5年後、10年後、沖縄空感は役目を果たしているのか?

会社のスタイルの変化を考えていた状況でのあまりにも大きな変動。 

成長にうまく向き合うことが出来ず経営者としての力不足、ストレスを抱え、体調を崩し仲間に迷惑を掛けてしまう。

会社の事、お客様の事、仲間の事、自分自身の事を悩みに悩み、倒れる。

会社の仲間と話し合い、お客様の元を訪ねこれまでのサービスを無料化する事の説明周りの半年間を終え、それぞれが別々の道に。 

6年間頑張ってくれた、新しい仲間2名と起業時から13年間ともに頑張ってくれた最後の1人が退社。 

その時の年齢39。

40歳を機にこれまでの経験を活かし「ひとり経営」を活かし経営コンサルタントを開始。

しかし、全てのサービスを無料化したので、ゼロからのスタート。

これからは、営業、制作、経理、全てをひとりで行動しなけばいけない。

そこで、当時14年間の会社の想いを振りをまとめていると、自分には物語がある事を知る。

また、学生起業からはじまり、これまで歩んできた経営者としての道に数々あった壁を乗り越える際に、多くの人々との出逢いの物語。 

商品の開発やニーズの先取りをしていた経営方法を想いを分かりやすく伝える見える化の方法として、物語を活用していた事をしる。 

すべての経営者には物語がある! 
日々頑張っている経営者の想いをひとりでも多くの方々に知って頂きたい。 

これから30年! 
やり続けられる本当のやりたい仕事 = 物語を活用した経営コンサルタントと決意する。

● 受け取った金額をすべてお客様に還元するという営業手法。

● ホームページ作成になぜコストの掛かる「情報誌」をサービスにした想い。

● 売上重視という間違えた考え方から粗利益重視へ変わった経営。

● 東京では、築地、銀座での食事、埼玉ではW杯予選観戦、横浜ではクラブW杯決勝、京都では寺巡り、坂本龍馬巡り、祇園での食事、福岡では食事、大分では温泉巡り。 少しではあるが仲間に楽しんでもらう為に計画した社員旅行。

● フリーマガジンから情報誌へ変更する事により、楽なスケジュールへ移行。 残業を減らす働き方への業務転換への想い。

● 県外の講師への委託、セミナーへの参加など多くの刺激を取り入れる為の取り組み。

● 最後の半年間、頑張ってくれた皆様への感謝と後悔の想い。
これら、一つひとつに、沖縄空感として全力で向き合った事実=「当時の想いが短い物語」となり、現在、沖縄空感がこれから30年続く会社へ成長する為の原動力になっている。